眠れないので

・生き延びること ・生活の基盤を整えるのに一年をかけること ・自分を切り売りしないこと。自分を大切に扱えるのは自分しかいない ・孤立しないこと 以上。

ためらう事、それはためらいがあるのでまだその時ではないのだろう。 大きな流れの中を、鯨のように泳いでいく、ただそんなことを考えながら自然と自分の結びつきを忘れないように生きていく。

『これが終わったらあれしよう』なんて考え続けることを隙間なく考え続けていた。 いやはや、それじゃ二の舞三の舞。 いずれにせよ、始まりは決まっているし、それは必ずくる。そしてそれからが長い。 だからこそ、ここ1週間ばかりはぼーっとしようと思う。…

銀河を渡るカリブーを都会の真ん中で見た。 クジラの写真は、見るべくして見た、という気持ちになった。 一生のどこかで、自分の心が大きく揺さぶられ、そして惹かれるものと出会う時があるとするなら、 そのものはやはり大切にしなければならない。 方々に…

私と暮らし

暮らしに欲しいものは、 お酒よりお酒を一緒に飲める友人とその時間だし、 ブランド品より、ブランド品の良さを見分ける目や感受性だし。 結局物質的なものにちゃんと評価して、自分なりの価値をもつことだと。 間違っていた。そう思う。それは未だ分かった…

私と一人分

私一人分が生きるだけの本、音楽、身に着けるもの全般、食糧は、何がどれくらい必要なのか。 そして私一人分が生きていけるだけの時間はどれくらい必要なのか。 常にそういうことは考えたり、そっとして置いたりしてきた。それを考えることが一つ私の中の「…

散歩

よく散歩に、夜、出かけます。 昼間も昼間で、移動はもっぱら歩きなので常に散歩していると言えばそうなんですが。 昼間は良くものが見えるので些細な変化、右側の歩道から見える景色と左側の歩道から見える景色の違い、昨日はなかった花が今日は咲いている…

私と5月

5月が過ぎました。 書き記したものを見てみると、こちらでの文章量は減っているのにアナログに残している文章量はここ二か月増えてい増した。 内面化することは結構体力を使います。がっつり自分と向き合うわけなのですから。 となるとここ二か月くらいの方…

私と沈潜

月に一度かそれくらいの間隔で、非常に落ち込むときがあります。 大抵日々のローテーションもままならないくらいに落ち込みます。 お風呂も入りたくないし、起き上がりたくもない。ただ眠っていたい。けれどそんな時は日中寝ているわけですから、夜に起きて…

私と一日

午前中は何かと疲労感があったので、えいやっと寝ました。 午後はいつも通りに出先で学習。その出先の喫煙所で話しかけられ、初老の男性と懇談しました。 一日が、こんな偶然性の出会いによって彩られながら終わります。 何かと疲れることやストレスがたまる…

私と4月

4月が5月へ引き継がれるとき、外を歩いていました。 何処にいてもおかしなもので、共通の季節の匂いを”感じ”、そのおかげで季節の記憶がある。 少しおセンチな気分に浸れるのが、晴れた夜の散歩のよいところです。 4月の頭は、孤独感がここに極まれり、とい…

私と過去の扱い

今日は、仕事に行き、自尊心を回復し、昼ご飯と夜の仕込みをして学習し、帰宅して夜ご飯の支度にかかりました。 これからもほぼ毎日となると、些かげんなりしますが、休みはあるし、恵まれているので、折角だし好きなものでも実験的に作ろうかと思います。 …

私と詩一篇

ぼくの孤独はほとんど極限(リミット)に耐えられる ぼくの肉体はほとんど過酷に耐えられる ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる もたれあうことをきらった反抗がたおれる 吉本隆明 詩集『転位のための十篇』 詩「ちいさな群への挨拶」より

私と生身

生身の人間は強い。肉体的な、筋力の強さではなく、その存在が発するエナジーが強い、ということです。 幾ら私が自分を自分の城で囲ったとしても、いざ生身の人間と対すると、どんどん土足で踏み込んでくる。 様々に、侵入されたときの訓練を積んでいるはず…

私と家守

家守が出る程度の田舎、というと人はどういう風景を想像するのでしょうか。 私は風呂に入る時に、必ず脱いだ下着を浴室の入り口に敷きます。たとえバスマットが敷いてあったとしても、家に私以外の他人がいる以上、私が最後に入る順になったとしても、です。…

私とあなた

近頃、友人とご飯を食べました。 ぶらぶら日和だったので、近所をしばらくぶらぶらして、予約の時間になったらお店に向かいました。 数か月ぶりに会う友人は、輪郭がかなりシャープになっていて、病的なやせ型、という訳ではなかったのですが、少し驚かされ…

私とリニア信仰

横軸に時間、縦軸に年をとって、年を取るごとにプロットしていくと、リニアなグラフができます。 スタートした瞬間に見えるゴールがあります。初期値と目標値がプロットされたグラフを想像するとき、きっと無意識に、直観でリニアに結ぶと思います。 我々の…

私と手紙

時空間的に自分と隔たることがないので、自分が変わったと感じられるのは、時空間的に隔たりがある外在的なものでしか、判断できない。 例えば過去の日記や写真。例えば長く会ってない人物と再会を果たした時。 日記や過去の記録では考え方の変化や筆致の変…

私と直観とモノを見ることの試論

物を純然に見るという事はどういうことでしょう。 村上春樹は英語を習熟するにあたって「英語で書かれているもの以外を見ない」と決めて生活を送ったらしいです。 むかし村上春樹が書いてた、英語が読めるようになるほとんど唯一の方法、というか「生き方」 …

私と浅ましさ

自分の浅ましさにくらくらしました。 近頃、少し詰めているなと感じていたのですが、それに火がついてしまったようです。 誰かに迷惑をかけたわけではなく、単なる笑い話ではあるのですが、しかし自分の軽はずみな行動になぜ英雄的精神を若干感じながら遂行…

私と3月

色々と3月について書き留めておきます。 自分の中では一先ず3か月というのが目途でしたので、3月になると大分調子も上向くかと思っていました。 しかし中々思う通りにはいかず、遅くまで眠れない日々も続いておりました。 一方でそれまで培ってきた生活習慣…

私とさよなら社会

全人格労働は避けます。「やりがい搾取」という言葉にあるように、労働にやりがいを求めるのは、やりがいが「生きがい」を指すとき、労働に全人格を投入してしまい、労働の条件によって人格が攻撃され、打ちのめされ、再起不能になってしまう恐れがあるから…

私と他人

段々と暖かになり、夜も以前よりかなり眠り易くなりました。 それに伴い、内面も徐々に平衡を保ちつつあります。 色々な揺れ幅はありますが、誤差が少ない平均値をとることが多くなりました。 他人の動向を病的に気にするとき、明らかに自分の生活が欠落して…

私と雨音

昔のことを思い出すのは、雨の日のことでなくてはならない。 原初の、水たまりを覗き跳ねる喜びや雨音の、七色へと変化する愉しみ。 原初から目覚めた私たちは、記憶が次第に雨滴の中へ沈んでいくのを想う。 雨というその一点のみに結ばれた記憶たちは、雨音…

私と実存

結局、何らかの身分を与えられていないと自分の体すら「像(イメージ)」としかとらえられない私たちは、その不安定さにぐらぐらと揺さぶられ続けられるのでしょう。 鷲田清一の「ちぐはぐな身体」を読み終わってそう、思いました。 身分の(肩書に近いかも…

私と読書

最近何冊か続けて本を読んでいます。 しかし、毒に当てられたような気分であまり爽快ではありません。 基本的に読む本は自分の行き当たりな感情で決めることが多く、それ故に買っても読まない本ばかり並べています。 更に、一人の作家に傾倒するということが…

私と最近

どうやら体内時計がかなり狂ったみたいで、寝付けません。 どうにかなるでしょう。焦りに焦りを重ねた末に寝付けるのなら苦労はしませんから。 最近衝撃を受けたのは、子供が、自ら命を絶った事件です。 「子どもが自殺した事件」、しかし嫌にこの一文が指す…

私と旅

旅はどんな人も詩人にしてしまいますね。異郷の空気が普段使いの言葉と反応を起こして、何気ない言葉でも特別な気分にしてしまいます。 数日、旅に出ていました。 一区切りつけたい思いも一緒にもって、初めての土地を踏みしめました。 異郷の土地での話は、…

私と短歌

以前、NHKで短歌の全国大会が放送されていました。 サラダ記念日は読んだことがあったのですが、現代の短歌に強烈な共感を覚えました。 ですのでこれから徐々に短歌を作っていこうかなと思っています。 最近の変化といえばこのように、自己創出の機会を作ろ…

私と普遍、不変、ふるい

ある本を読んでいた時に、ちょうどその直前に読了した本のことが出てきて、なんだか偶然というか、必然というか、導かれたようなそんな気分になりました。 突然トイレに導かれるように起きて(途中夢をみていたのですが)、ぱっちりしてきましたし、夜中に考…