肉と心と頭について

人を単純なセグメントにするならば、にく、こころ、あたまの三種類に分かれるのではないか、と考えています。

要は、肉体と感情と理性、ですね。これらの癖、特に普遍的な癖から出発して、個人的な癖を自分で把握できれば自分で自分の舵を手放すことはなくなるんじゃないかと目論んでいます。

家を出るまではあんなに眠かったのに、実際走ってみればやってよかったと思うし、

綺麗な絵を見たなら、おなかは膨れないけれどなんだかその日だけでも目にするものが少し綺麗に見えてくる。

しかし、理性、この子だけは中々困った奴で、いくら肉体と感情が「よかった!」といっても「でも」「だけど」でいちいち心配してくるのですよね。

なので、取りあえず今は「にく」と、「こころ」を意識して改善中です。

にく、に関しては三食を作って食べる。ストレッチ筋トレ、散歩を欠かさない。笑顔を作る練習(割り箸を挟んでイーっとやるやつ)。

こころ、に関しては案外にくに課していることをやっていると落ち着いてくるので、あまりこころ専用にやっていることは少ないです。なるべく不快になる情報をみない。逆に自分が快いと思うものにアンテナを張って考えるより先に見聞き(動く)すること。くらいでしょうかね。

理性、に関してはもう割り切ること。自分の考え方や認識の癖を。そして覚悟を決めてわたっていくこと、ですね。この社会を。

理性は自分の枠を超えて、大きな枠組みの中で自分を位置づけしがちで、それは必ずしも悪いことではありません。しかし一方で非常に疲れることでもあります。大きな枠組みそれ自体は自分で変えられるものではないですし。

にくから疲れて、こころ、そして理性まで伝播することがあります。その時は理性が「にくが疲れているな」って少し気を使うことが出来ればお風呂に入る、特別に美味しいものを誰かと食べる、よく眠る、などできるのできます。

理性が疲れていると、まず判断を誤ります。できないのにできる。疲れているのに疲れていない!など。こころの疲れを無視して進んでいくと、にくも疲れてくる。その時は結構ピンチ。

なので理性の癖を知ることで、自覚的になることで「あ、これはおいおいピンチになる奴だ」と気が付けるのではないかなあと思っています。それは毎日自分の枠で過ごしていれば、はみ出した部分に気が付くことができるし、はみ出しの程度にも気が付けるようになっていけると思っています。

大きな枠組みだと、大きな枠組みの中でははみ出していなくても、自分の枠ではみ出していることに気が付かなかったりする。自分の枠を点検してみることも大切です。

一か月ほど意識して継続していますが、こころの動きに気が付けています。

 

あくまでこれは自分の話で、まだまだ自分の最善を見つける生活の真っ最中です。

 

そして誰しもに大切なのは何か、と聞かれることがあるならば

食べて、寝て、起きて、運動すること。

そして自分の快いものを見聞きすること。

これから始めて、笑えるようになって初めて次を考えていきましょうかね。

自分の舵は誰にも渡したくないものですね。