私と通過儀礼

節目節目を意識するにはどうしたらよいでしょうか。

やはり、意識だけでは足りないのかもしれないなあと思います。何か一つ儀礼のようなものを通過することで初めて意識が向かう、ということもあると思います。

そして、それから先は、それから以前はそれ以上は考えない、おいておく。寝かせておく。

儀礼というのは一つの通過点を表すものでもありますから、通過点を「過ぎた」時から、次の通過点に向かっているわけです。今度は次の通過点を如何様に通過するかを考えると良いと思います。

正直、些か疲れました。肉体の疲労も勿論ですが、エナジーも大分燃やしました。

そういう時、人は退行していく。ただ、無条件に褒めてほしくなる。甘えさせてほしくなる。達成したことを無謬に受け入れてほしくなる。誰にでしょうかね。

そういう時は弱っているシグナルなので、十分ににくもこころも回復させる必要があります。

そりゃあ、幾らでも感傷的になれますし、後ろめたさなんて掘ればでてくるでしょうけれど、なんで好き好んでわざわざ掘り起こす必要があるのでしょう。

後ろ向きに進んでもケガするだけです。6割主義者はほどほどにして、ほどほどに出発します。