私と実存

結局、何らかの身分を与えられていないと自分の体すら「像(イメージ)」としかとらえられない私たちは、その不安定さにぐらぐらと揺さぶられ続けられるのでしょう。

鷲田清一の「ちぐはぐな身体」を読み終わってそう、思いました。

身分の(肩書に近いかもしれません)の不安定さを考え始めたのは数年前でした。

その当時は「若い」という事をしきりに言われ、私とは「若い」のみの存在であると悩んでいた時でした。若さは時限爆弾で、それに胡坐を書いていたらいつの間にか何もなくなってしまう恐怖が付きまとっていました。

一旦社会に出たときは、しきりに若さばかりを言われ、どんな言葉を言おうとも「若いのに」という言葉が付いて回りました。

それは今思えば仕方のないことですし、「若さ」ゆえの無学、無知、などのせいも含まれているのでしょう。

その当時から実存がぐらついていていましたが、一方で身体の運用に興味を持つようになりました。

当時行っていた活動が、そうした身体の運用を深く考える活動でしたので実存というより、肉そのものへ意識は集中していっていました。

しかしそれは意識の振り分けが異なるだけで、実存のぐらつきは解消したわけではありませんでした。

しかし当時は身体、にくそのものを深く追求することで、実存へのぐらつきを回避していたのかもしれません。加えて、同質の集団の中にいましたので、自分の身分というものが無謬に保証されていて、更にそれが良い意味でブレーキをかけていたのだとも言えます。

肉体的な活動は、自分を傷つけ疲労させ、回復させることで、肉に宿る自分を、肉を通して私を確かめていました。

それは自傷行為もその範疇の行為の一つであるかもしれません。学術的に正しいかどうかは分かりませんが。

 

そうした経験を経て、その集団を抜け、今現在に至ります。

 

そしてこの間、家人が今の私の身分を言い当てる上手い言葉を教えてくれました。

その時、「あ、社会の側から今私は光を当てられて、見つけられた」という気持ちに至りました。「見える化」、されたのです。

私という人間はある空間を占めて存在しているのに、その「見える化」に至るまで、蜃気楼のようにぐらぐらしていました。

加えて、人との交流は、家人以外に皆無に等しかったので他人という鏡を通して見える私が存在していませんでした。

ここ最近のひどく鬱陶しい気分はこれが一つの結果であり原因かもしれません(低気圧、ということもあると思いますが)。

ニート、という言葉も社会に参画していないように思えても実は、ニートの言葉が与えられている時点である一定の空間を占めるようになっているのではないでしょうかね。

そうすることで、却って見える化が行われ、居心地の悪さは軽減される。

そうして、社会と繋がる、「帰属意識」が芽生える。

それ以前の私は宙ぶらりん。大なり小なりの帰属を抱えながら安定していくのでしょうか。

「存在の耐えられない軽さ」、存在は帰属の数ほど一枚一枚重くなっていく。

ここで、やはり肉のみの保証は限界があることが言えます。

どうしても我々は肉の保証と、見える化による帰属の保証がないと輪郭が定まらない。

幾ら盲目に考えに耽っていても、生身の他人にぶつからなければ、容易に崩れ去ってしまう実存。

しかし、それを克服し、利用することに意義があると思います。

実存をかけた戦いに身を投じることに意義があると思います。