私と生身

生身の人間は強い。肉体的な、筋力の強さではなく、その存在が発するエナジーが強い、ということです。

幾ら私が自分を自分の城で囲ったとしても、いざ生身の人間と対すると、どんどん土足で踏み込んでくる。

様々に、侵入されたときの訓練を積んでいるはずなのだけれど、いざとなると全然役に立たない。

だからと言って、ただ侵入を懐手で見ているわけにはいかない。

侵入の前に、私自身がその戦いの場に先陣を切り、立ち向かわなければならない。

しかし、それは必ずしも相手を打ち負かすことを意味しません。

寧ろ、腹を割って無血開城することが一番望ましい。

使者を送って、停戦するのが良い場合もある。

いずれにせよ、戦い、という場に出る覚悟をすること。しかし戦いは避けられもするし、そもそも手違いかもしれない場合もある。

 

一方で、そのエナジーが私と共振する場合もある。

いずれにせよ、無防備な形で人と会うのは考え物であるなと思います。

しかし、いくら考えたところで、生身の人間の、生の状態は、強い。

無論それは相手にとっての私もそうで、だからこそ出会ったときの電のような衝撃に期待する自分もいるわけです。

 

少し思うところがあったので整理しておきます。